フォルクスワーゲン

フォルクスワーゲン

手の届くドイツ車

日本で一番よく売れている外国車といえば、フォルクスワーゲンではないかと思います。
高級なベンツやアウディ、BMWとは違って、庶民にもなんとか手の届くドイツ車ということで人気なんだと思います。ゴルフは世界の大衆車と言われるくらい大衆車のスタンダードとして君臨し続けていますよね。

最初は第二次世界大戦前にナチス政権の国策企業として設立された会社のようです。
ヒットラーが1934年のベルリンモーターショーにおいて、国民車構想を提唱します。
この計画に従い、自動車設計を担当することになるのが、あのスポーツカーメーカーポルシェを創設したポルシェ博士なんです。
彼はユニークな丸みを帯びた流線型のデザインを採用し、リアにエンジンを置く小型車を開発します。これが後のフォルクスワーゲン・タイプ1(ビートル)となる車なんですね。

フォルクスワーゲンの歴史

ちなみにフォルクスワーゲンという名前を日本語に訳すと、国民車という意味になります。
このような背景で始まったのがフォルクスワーゲンという会社であり、最初に設計を手がけたのがポルシェであり、そして誕生したのがビートルというわけです。

かなり複雑ですが、これが世界で売れに売れたのです。
主力モデルである「タイプ1」、愛称「ビートル(カブトムシ)」は、その個性的なスタイルだけではなく、優れた耐久性や経済性、またアフターサービスの良さなどもあって、世界の市場から圧倒的な支持を得て、なんと約40年にわたりモデルチェンジを行うことなく、2,152万台以上を売り上げました。

これはまさに未曾有の記録で、おそらく四輪自動車でこれを破る記録は現れないであろうと言われています。
その後、ビートルはニュービートルに生まれ変わり、2012年には2代目に移行しました。
独特なデザインを踏襲しながらも、現代的にまとめたスタイルは誰の目にもインパクトがあり、国内でもよく走っているのを見かけますよね。

ところが、このビートルがあまりにも売れたために、後継モデル開発の妨げともなってしまったようです。
フォルクスワーゲンにとって、1960年代はなかなか売り上げが伸びない時代でした。
しかし1970年代に入ると、前輪駆動化への動きを進め、1974年についに世界の大衆車「ゴルフ」を開発します。
スペース効率や機能性に優れ、世界の市場に受け容れられてベストセラーになります。
ビートルにしろ、ゴルフにしろ、フォルクスワーゲンの車というのは、ヒットの仕方が驚異的ですね。

日本での歴史

日本国内においては、1953年より輸入が開始され、当初から右ハンドル仕様を導入し、日本でも運転しやすい工夫がなされたこともあって、輸入車のトップシェアを得ることに成功します。

現在はゴルフより下位モデルになる「ポロ」や「ルポ」などの小型車や、上位モデルになる「パサート」、SVR車の「トゥアレグ」など、魅力的な車種が輸入されています。
ドイツ車のしっかりとした作りこみや、アウトバーンで鍛え上げられた高速安定性は、やはり日本車と比べて一日の長がありますね。